福岡県九州

黒崎副都心 北九州第二の都会は、問題だらけです。

人口減に悩む福岡県第二の都市・北九州市。以前、「若松区がヤバい」という話を書いたが、これはなにも若松区だけに留まる話ではない。北九州市の都心・小倉も栄えてはいるが「小倉駅前アイム」という大きすぎる負債を抱えているし、さらには福岡県北部唯一の遊園地、「スペースワールド」が閉園するなど、市全体において苦しい状況が続いている。そんな中でこの新型ウイルスである。もともと重工業を中心に発展してきた北九州市にとって、テレワークの実施によりビジネス客がこなくなったというこの打撃は大きいだろう。このテコ入れとして「北九州市宿泊モニターキャンペーン」なる、ホテルが最安1,000円から泊まれるという意味わからないキャンペーンを始めたりしたが(※2020年9月30日をもってキャンペーンは終了しました)、正直これがちゃんと機能しているかというと、微妙なところだ。もともと北九州市は福岡市や糸島市に比べ観光地が少ないため、たとえホテルの値段を安くしたから観光客が来るのか・・・?となってしまう。

本題に戻ろう。今回特集する「黒崎」というエリア。ここもご多分にもれず、北九州市衰退の影響をモロにくらっているエリアだ。

黒崎駅

北九州の副都心・黒崎の中心は、北九州市八幡西区に位置する黒崎駅だ。しかし、副都心などという割には駅の規模も小さく、「多くの人でにぎわっている」という感じもしない。土曜日の昼という、絶好の時間であるにも、だ。

なぜこんなことが起きてしまったのだろうか。それには、2つの要因がある。「行政主導で無理やり作ってしまった街だから」という点、そして「駅前にお店がなさすぎる」という点だ。今回は、この2つの要因について考察を加えていこうと思う。

行政主導でつくられた街・黒崎

黒崎駅前 地図

黒崎という街は、「行政主導で」つくられた街だ、と断言しておこう。いや、正確には「明治維新後、行政主導になった」というのが正しいだろう。ただ、江戸時代、行政主導でつくられた街なんて江戸くらいなのでこれは例外だといえる。

黒崎の話題に入る前に、黒崎という場所の歴史について書いておこう。黒崎はもともと旧八幡市の中心地で、旧八幡市に属していた1935年、当時の八幡市によって区画整理事業が行われ、その後、1963年、北九州市に編入されたという歴史を持つ。

北九州市そのものが、5つの市が合併してできた都市だということは以前にも書いたが、その結果発生してしまったのが、「広すぎる市街地」問題だ。「もともとあった5つの市がそれぞれ市の中心を持ってしまっていたため、街が分散してしまう」という問題だ。

はっきり言って、北九州市のような100万人程度の都市に5つも核となる街があるのはあまりにも効率が悪い(大阪ですら「梅田」「難波」+(「天王寺」)くらいしか目立った都心がないことからもわかるだろう)。そこで、北九州市は小倉を「都心」と位置づけ、小倉駅周辺を中心に開発を行うという方針を打ち出した。

しかし、ここで起きたのが「小倉以外の中心地をどうするのか」という問題だ。旧小倉市はこれで満足するだろう。小倉駅の隣が都心となっている、旧門司市も納得するかもしれない。しかし、これ以外の市が納得するわけがない。

うちの市を見捨てるってか!?!?ふざけんな!!! という訳だ。

北九州市は困ってしまった。そりゃそうだ。昔あった5つの都市のうち、3つもの都市に反対されてしまっては多数決で負けてしまい、市が機能しなくなってしまう。しかし、5つもの都心を維持していくのは効率が悪すぎるし、お金だってバカにならない。お金と市民の満足…これを両立するにはどうすれば良いのだろうか。北九州市はいろいろな可能性を考えた。そして、北九州市が出した結論がこれだ。

小倉から少し離れた、別の市の市街地だったところに、もう1個都心をつくろう。

小倉からほどよく離れた、別の市があるところに、もう1個都心をつくる。こうすれば、旧小倉市・旧門司市・そしてもう1つの都市(八幡市)が賛成してくれ、行政がより円滑に進められるだろう。そう考えたのだ。

そして、白羽の矢が立ったのが、旧八幡市の中心地であった、黒崎だったのだ。黒崎という街の発展には、こんな経緯があったのだ。

しかし、ご存じだと思うが、行政は経済を回すのが恐ろしいほど下手だ。

特に「都市開発」という面では、民間との差が大きく出てしまう。行政が開発し、30万人が住むと言われたにも関わらず、今でも10万人しか住んでいない「千葉ニュータウン」と、大手不動産会社「山万」が開発し、不動産の供給量を制限することで持続可能な街づくりを実現することに成功した「ユーカリが丘」(千葉県佐倉市)とを比べれば一目瞭然だろう。この「下手な開発」による影響を受けた街、それが「黒崎」という街なのだ。こんな街が長期的に成功できるわけがない。案の定(という言い方はどうかと思うが)、黒崎は一時賑わっていたものの、現在では衰退の一途をたどっている。

黒崎という街は、行政のエゴによって作られた街。つくっておしまい。その結果、失敗した。

これが、黒崎という街の実態なのだ。

駅前にお店が無さすぎる

黒崎コムシティ

黒崎副都心のもう一つの問題、それが駅前にお店が無さすぎるという点だ。行政主導の街によくありがちなこととして、行政が無理やりお店を誘致した結果、人が集まらず結局お店がつぶれて廃墟になる、ということがあるのだが、ここ黒崎も多分にもれず同じ進路をたどっている。

黒崎駅の改札口を出ると、2種類の建物が左右に広がっている。駅を出て左側にあるのが、「黒崎井筒屋」の跡地(※閉店しました)、右側にあるのが「コムシティ」だ。

黒崎井筒屋

黒崎コムシティ

しかし、この2種類の建物、ガチでマジでお店が無い。

コムシティは7階建ての商業施設として建設されたにも関わらず、お店が入らなさすぎて公共施設だらけの福祉センター状態に、井筒屋に至っては建物を管理している会社が破産、2020年8月をもって閉店するという悲惨っぷり。なお、コムシティに関しては下の記事で詳しく紹介しています。

ただ、駅前にあるのは何もこれらだけではない。駅前を通る国道3号線を渡ると、アーケード商店街が見えてくる。

黒崎駅前 地図

先ほどもこの写真を置いたが、黒崎駅前には駅を中心として放射状に商店街が広がっている。ちなみに、これは少し古い地図となっており、ふれあい通りの横にある「井筒屋アネックス」は現在存在しないので注意してほしい。それにしても、「パーラー」(=パチンコ屋)ばかり地図に載っているあたり、この街の治安がよくわかるというものだ。パチンコ屋の閉店が全国的に叫ばれているが、どうやらこの街においては何も心配することはないらしい。

黒崎カムズ商店街

しかし、この大量に並ぶ商店街も正直栄えているとは言い難い。上の写真は、駅から最も近く、もっとも広い商店街、「カムズ名店街」の写真だ。人はいるのだが、驚くほどお店が営業していないのがわかるだろう。実際、営業していたのは居酒屋ばかり。というより、商店街に入っているお店そのものが居酒屋ばかりで、結果的にそこそこのお店が開いているという、よくわからない状況に至っていた。居酒屋だらけの商店街ってなんやねん。ほんま意味わからへん(´・ω・`)

まとめ そもそも90万人都市に2つも都心を持つのはムリ。

いかがだっただろうか。今回は、北九州の副都心・黒崎の現状について書いてきた。

結論から言うと、90万人ほどの都市に2つも核となる街をつくるのは不可能だ

北九州市よりも人口の多い、神戸市や仙台市でさえ、核となる街は1つにまとまっている。京都市は四条と京都駅周辺という2つの核を持っているが、これは観光客がいるから成立することで、観光需要の少ない北九州市にはこれも厳しい。

では、黒崎はもう見捨てるのしかないのだろうか。それは違う。たとえ副都心という機能を失っても、その代わりになる方法はいくらでもあるはずだ。たとえ昔に比べると地位が落ちたとはいえ、北九州市には豊富な重工業需要が残っているではないか。

黒崎を生き残らせるために、どう行動していくべきか。北九州市の底力が試されている。

ちなみにですが

ちなみにですが、閉店した井筒屋黒崎店だが、近くにあるイオンタウン黒崎に移転したそうだ。

イオンタウン黒崎 井筒屋

結局イオンに飲まれるのか、この街も・・・

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