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ホンマにやる気あるんか!?京都・竜馬通り商店街のビミョーすぎる街並みを拝見する。【伏見区】

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超地元民向け商店街、伏見桃山・大手筋商店街に「京都らしくない」自由な風景を目撃した。
伏見稲荷で知られる、京都市伏見区。全国でも有数の観光客を誇り、近鉄電車や京阪電車の特急も止まるこのエリアだが、この区の中心になっているのは実は当の特急の止まらない、全然別のエリアだというから驚きだ。そしてそこには、京都とは思えない驚きの風景が広がっていた・・・

京阪伏見桃山駅から徒歩で約5分、伏見区の中心・伏見大手筋商店街から横に伸びるアーケード(納屋町商店街)を抜けることすぐのところに、ある著名人の名前をつけた商店街がある。「竜馬通り商店街」だ。

竜馬通り商店街

まるで江戸時代のような雰囲気を持つ竜馬通り商店街は、その雰囲気もさることながら、他の商店街(しかも店の集まるアーケード商店街)と接続していることから、観光客だけでなく地元客もを集める商店街となっている。このある種独特な雰囲気に魅了された人も多くいるだろう。京都らしい、趣のある光景だ。

ところでこの「竜馬」についてだが、「竜馬」と聞いてまず初めに思いつくのはやはり「坂本龍馬」だろう。そしてこの認識は正解だ。この竜馬通り商店街は、坂本龍馬の名前を取ってつけた商店街となっている。

しかしもし、「坂本龍馬と竜馬通り商店街に関係はありません」と言われたらどう思うだろうか。え?は?何言ってるの?・・・ 様々な反応が返ってくると思う。そして残念だが、この竜馬通り商店街、坂本龍馬との関係は薄いと言わざるを得ない状況になっている。今回は、そんな「竜馬通り商店街」について、坂本龍馬と竜馬通り商店街との関係、そして現状を探っていくとしよう。

坂本龍馬と商店街はあまり関係ありません

竜馬通り商店街

実際に竜馬通り商店街の公式サイトを見てもらえれば分かるが、写真のすぐ下に出てくる「お知らせ」欄では、「竜馬通りオープンミーティング開催ぜよ!」に「龍馬祭を開催するぜよ!」などと、何かと語尾に「ぜよ!」を多用するのが目につく。また、商店街全体としても、坂本龍馬の命日、11月15日に最も近い日曜日に「龍馬祭」なる地域のお祭りを開催しているほか、龍馬資料館なる施設まで開設したりしており、「坂本龍馬」を前面に打ち出すことで観光客を取り込もうと考えていることがわかる。

しかし残念なことに、この商店街と坂本龍馬とは一切関係が無いのだ。

では、なぜ「竜馬通り商店街」などという名称がつけられてしまったのか。それには、竜馬通り商店街側の思惑が隠れている。

納屋町商店街(現在の竜馬通り商店街の北側にある商店街)の南側には、もともと商店が集積してはいたものの、1962年に南浜商栄会が自然消滅してのち、長らく商店会が存在しなかった。しかし、周りが次々に商店会を結成し、力を強めていく中で、こいつらには負けられないと、1973年、「南納屋町商店会」なるものが発足され、商店街をアーケード化しようという計画のもと、活動が行われるようになった。

しかし、この計画を行政は却下。その理由として、「通路が狭く、消防法に違反していること」を指摘されてしまった。法規に阻まれている以上、もはやアーケードをつくることはできない。どうすればお客さんを呼べるのだろうか・・・

彼らは考えに考えを重ねた。そして、ある1つの結論にたどり着いた。

坂本龍馬の名前を借りよう と。

なぜ彼らが「坂本龍馬」の名前を借りようと思ったのか。その理由としては、坂本龍馬そのものが有名であったことに加え、南納屋町商店会のすぐ近くに、寺田屋事件で有名な寺田屋や、その他いくつかの龍馬に関する名所があったことが挙げられる。これらの理由から、彼らは観光客増加を目論んで「竜馬通り商店街」に名前を改称、そして名前を変えるとともに古風な雰囲気が出るように商店街そのものを改装し、いかにも坂本龍馬と深い関係があるかのように変装してしまった、という訳だ。

話だけ聞くと恐ろしい話に見えるが、「竜馬通り商店街が悪い」ということを言いたい訳ではないので念のため。坂本龍馬が京都に縁もゆかりもないわけではないし、竜馬通り商店街の人間が当時の坂本龍馬に許可を取りに行くなど、もちろん不可能である。しかし、いくら何でもやりすぎ感が拭えない。京都がかつて日本の首都だったということはあまりにも有名な話だが、その功罪がこんなところにも生まれてきているのだ。良いのか悪いのか・・・

地元民を取るか、それとも観光客を取るか

さて、これまで竜馬通り商店街の歴史や背景について書いてきたが、実際問題、竜馬通り商店街はどうなっているのか。ここからは、竜馬通り商店街の現状について、写真とともにお伝えしていこう。

竜馬通り商店街

竜馬通り商店街へは比較的距離があり、京阪電車の中書島駅や伏見桃山駅から徒歩7分程度、近鉄電車の伏見御陵前駅からは徒歩10分程度となっている。しかし、伏見桃山駅や伏見御陵前駅からは商店街が続いているほか、中書島駅からも若干場末感が感じられるものの「関西らしい」小規模な商店街が断続的ながら続いており、歩く距離の長さを感じない印象を持った。

竜馬通り商店街

そんな竜馬通り商店街だが、街の雰囲気に関して言えばかなりよくできている。巷の人間が想像する「京都」の光景をこれでもかというほど忠実に再現しており、統一感のある看板や石畳といったアクセントも良い味を出しており、結果として素晴らしい出来を見せている。観光という面で最も重要となる第一印象に関しては100点満点だろう。

竜馬通り商店街

竜馬通り商店街

しかし、細かい部分も含めて観察を続けていくと、様々な面で綻びが生じていることに気付く。街の雰囲気に関してはある程度統一されているにも関わらず、扱っている品目があまりにも異なるのだ。当たり前のことではあるのだが、雰囲気だけを改装したところで、商店街に入る店舗が変わるわけがなく、商店街が大きく生まれ変わる前から入居している、いわゆる「旧住民組」と、商店街が大きく変わった後に入居したいわゆる「新住民組」とのあいだで大きな相違が生じてしまっている。昔からの地元客を大切にし続ける旧住民組。改装後大幅に増えた観光客ばかりを相手にする新住民組。言うなれば、シンデレラ城と五重塔が隣り合っているような状態だ。いくら旧住民組が年々数を減らしているとはいえ、こんなんで軋轢が生まれないのか、こっちが心配になってしまう。

竜馬通り商店街

先ほど、街の商店街に関して「かなりよくできている」と書いたが、実際全てのエリアで統一がなされているわけではなく、ところどころ街の雰囲気をブチ壊すエリアがあったりする。テーマパークを作るのに多額の費用がかかるように、この商店街を改装するのにもものすごい額のお金がかかっているのだろう。この微妙に違うエリアが混じっているのは、商店街の改装に同意しない人間もいたということを示す何よりの証拠となっている。

竜馬通り商店街

最近はコロナ禍で観光客が激減したこともあってか、観光客ばかりに商売をしていた店がぽつぽつと閉店し始めてきており、今のところは地元住民を取った店がやや有利な状況にあるようだ。しかし、コロナ禍が収まるとまた外国人観光客が京都に殺到するようになるのも目に見えており、これからどう動いていくのか、予断を許さない状況が続いている。

竜馬通り商店街

寺田屋 竜馬通り商店街

中書島側へ商店街を抜けると、目の前に橋が現れるが、ここの右側に冒頭で記したかの有名な寺田屋がある。ただ、現在の寺田屋は再建されたものであり、昔ながらの面影こそ感じるものの、当時の状態がそのまま残っているわけではない、という点には注意すべきだ。

なお、旅籠の建屋は見学可能で、10時から16時までの営業で拝観料は大人400円とのこと。坂本龍馬ファンの方々はぜひ一度訪れる価値があるだろう。ま、ここに行くのと商店街で買い物するのとでは全然別の話になるんですがね。


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