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明浄学院事件のおひざ元「文の里明浄通商店街」の渋すぎる光景を見よ

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大阪市阿倍野区に位置する「文の里」と言えば、かつては谷町線を走る全列車の約半分が折り返すことで知られる場所であり、この先の駒川中野や八尾南方面に向かう乗客を落胆させる「ガッカリ」駅として有名だったが、最近のダイヤ改正でこの文の里を折り返し駅とする列車はラッシュ時のみとなり、幾分その残念度は下がったように思われる。

文の里駅

そんな文の里地区には、「文の里商店街」と「文の里明浄通商店街」という2種類のアーケード商店街が阪神高速の高架を隔てて東西にまたがっており、それぞれ別々になって運営がなされている。この「明浄」という名前にピンときたら大したものだ。この文の里、実はかの「明浄学院事件」で有名な明浄学院高等学校のある場所なのだ。今回は、この明浄学院高等学校のおひざ元である「文の里明浄通商店街(ふみのさと めいじょうどおりしょうてんがい)」を、明浄学院事件について触れつつその現状をお届けしよう。

明浄学院事件とは

画像は朝日新聞より抜粋

明浄学院事件は、学校法人明浄学院(大阪観光大学、明浄学院高等学校を運営)において発生した事件のことだ。上の図を見ると実にややこしいが、ものすごく簡単にまとめると

学校法人明浄学院の元理事長である大橋美枝子氏が、(個人的に所有しているものではない)学校法人自身の不動産を利用してお金を受け取った事件

である。もう少し詳しく言うと、当時明浄学院高校には移転の計画があり、そのとき当時の理事長である大橋氏が「これ、移転した後に今の土地を使えばめっちゃ儲かるんじゃね?」ということを考えつき、本来主目的ではないはずの「移転後の土地利用」を巡って多額のお金が飛び交うという楽しいマズいことが起きてしまい、しかもその移転は中止となってしまって・・・という具合である。なんだかいろいろと闇の深い事件だが、この点に関しては明浄学院高校も謝罪文を出しているし、学校は悪くないのだから仕方ないのだろう。

それよりもマズいのが、学校法人明浄学院が民事再生法に基づく法的手続きを行っているということだ。昨今の少子化に伴い、数多くの教育機関が経営難に陥っているのは周知の通りだが、学校法人が倒産したというのは珍しいのではないのだろうか。そして現在では明浄学院高校を大阪の学校法人である藍野大学が、大阪観光大学を長野県の学校法人である理知の杜が運営するとのことだ。倒産した学校に通っている学生たちがかわいそうなのは言うまでもないが、学校そのものが無くなる危機にあったことを考えると、まだ新しい運営者が表れるだけでも良いのかもしれない。

文の里明浄通商店街の激渋風景をご覧ください

文の里明浄通

文の里明浄通商店街は地下鉄谷町線・文の里駅の東側、阪神高速を抜けたところに位置する商店街だ。駅の出口を抜け、東に進むとすぐにこの大きな看板を見ることができ、商店街の存在を認識することができる。しかしそれにしても大きな看板だな・・・。

文の里明浄通商店街

阪神高速の高架を抜けると、商店街の入口がすぐに見えてくる。いかにもレトロな雰囲気の凸型看板と少々古くなってしまったアーケードが目印だ。

文の里明浄通商店街

商店街の内部はこんな感じ。いかにも「流行っていない商店街」と言わざるを得ないこの様相だ。1950年に完成したこちらのアーケード商店街だが、店主の高齢化や立地の問題(天王寺まで2駅、阿倍野まで1駅)もあってか閉店するお店が続出。現在ではアーケードの東側半分が撤去されてしまい、非常に距離の短いアーケード商店街に成り下がってしまったそうだ。ここをまっすぐ進むと先ほど話題となった明浄学院高等学校に到着するのだが、お世辞にもレベルの高い高校とは言えないし、生徒集めにも苦労しているんだろうな・・・。そういえば阿倍野の施設もアレでしたね。これは原因とは言えないな。

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文の里明浄通商店街

駅からそれほど離れていない(というよりむしろ非常に近い)部分にあるこちらのアーケードだが、

 

それにしても、大阪のアーケード商店街って、お店が少なくなってしまったところにも普通にアーケードが維持されていますよね。関東だとすぐに撤去される印象があるのだが、この辺はやはり大阪らしい「人情味」表れる部分、というのだろうか。

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文の里明浄通商店街

かつてアーケードが整備されていた東半分のエリアにも来てみたが、こちらもいったい商店街なのかどうなのかも区別がつかないほどお店がなく、実に寂しい状況だ。もはや「ただの住宅街」と言ったほうが正しい節まである。ちなみに明浄学院高校はこの先にありますが、残念ながら写真撮影はあきらめた。

ブログに概況を載せるためとは言っても、女子高の写真を撮る男性というのはさすがに不審極まりないしね。

文の里明浄通商店街 松寿し

なんだか不穏な状況しか感じられないこの文の里明浄通商店街だが、その端っこには「松寿し」という老舗の寿司屋が営業を続けていた。なんでも1939年から営業を続けているそうで、太平洋戦争の戦禍を乗り越え、今も創業当時の店舗が現役で営業を続けているそうだ。創業当初はアーケードが無かった頃もあり、今となってはなんだか窮屈な印象を感じてしまうが、それがまた良い味を生み出している。技術がどんどん進み、人と人との関係が希薄になってきていると言われる今の世の中だが、だからこそこういうお店には元気に営業を続けてほしいなぁ・・・と感じずにはいられない取材班でした。

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