神戸市兵庫県近畿

「株式会社神戸市」とはいったい何だったのか。衰退する神戸市の現状と未来。

兵庫県の代表都市、神戸。しかし今、その神戸が危機にさらされている。人口の大幅減少、企業の流出(P&Gのアジア本社をシンガポールに移転したことや、「丸亀製麺」を経営するトリドールが本社を東京に移転したことが有名だろう)、失敗だらけの再開発・・・ Yahoo!ニュースにも「神戸市が謳う『復興』の欺瞞」などと書かれる始末である。

神戸市に、何が起きてしまったのか。今回は「株式会社神戸市」について、現在・将来の状況を考察しつつ書いていこうと思う。

「株式会社神戸市」とは

神戸市の現在の状況に入っていく前に、まず「株式会社神戸市」とはそもそも何だったのか、について考えていこう。株式会社神戸市について、Wikipediaではこのような記述がなされている。

戦後の高度経済成長期には、市街後背部の山地より削り取った土砂を用いてポートアイランドを代表とする人工島を臨海部に埋立造成し、商工業・住宅・港湾用地として整備するとともに、埋立用土砂採取後の丘陵地を住宅地・産業団地として開発した。この一連の施策は「山、海へ行く」と呼ばれ、都市インフラの拡充・整備が大きく進むことになった。1981年のポートアイランド第一期竣工時には、地方博ブームの先駆けとなる「神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア’81)」を開催して成功させるなど、これらに代表される都市経営手法は、「株式会社神戸市」と称され全国の市町村から自治体経営の手本とされた。

うーん、これだけでは何を言っているのかいまいちよく分からない。もう少し詳しく説明していこう。

神戸市が「株式会社神戸市」と呼ばれるようになった理由として、主に2つのことが挙げられる。1つ目が六甲アイランド・ポートアイランド、及びニュータウンの開発、そして2つ目が神戸ポートアイランド博覧会の成功である。

六甲アイランド・ポートアイランド、及びニュータウンの開発

神戸市に2種類の島があることを知らない人は、関西人にはいないだろう。1つが「六甲アイランド」、そしてもう1つが「ポートアイランド」だ。そして、この島の造成には山で切られた土が使われた。いわゆる、「山、海へ行く」という言葉の誕生だ。

では、この切られた山はどうなったのか。見出しにも書いてあると思うが、ニュータウンとして開発されたのだ。

(上図の赤い丸の部分がニュータウンとして開発された地区)

神戸市営地下鉄西神・山手線沿いには、須磨ニュータウンや西神ニュータウンといった多数のニュータウンが軒を連ねている。この造成・開発のために、山を切り崩し、道路を整備し、地下鉄を通したのだ。現在、西神・山手線に乗ると、板宿~妙法寺間でながーーーいトンネルを抜けることになるのだが、これはその名残だ。神戸市には平地が少なく、高度経済成長下で急増する人口に対応するため、平地を増やすしかなかったのだ。この結果としてつくられたのが六甲アイランド・ポートアイランド、そして山を切って作ったニュータウンであり、これが神戸市の収入に貢献した。結果、神戸市は「株式会社神戸市」と呼ばれるようになったのだ。

1981年の神戸ポートアイランド博覧会の成功

神戸ポートアイランド博覧会の成功が、神戸市を「株式会社神戸市」と言わしめたことに間違いはないだろう。

神戸市は、ポートアイランドを造成した際、1970年の日本万国博覧会を誘致しようとしたが、結果失敗に終わってしまった。しかし、彼らはあきらめなかった。何か別のことを開催できないか、と考えたのだ。そして最終的に行きついたのが「地方博覧会」という手段だ。1970年の大阪万博、そして1975-76年に行われた沖縄国際海洋博覧会に続こうと、地方博覧会を1981年に開いたのだ。

神戸市は賢かった。この博覧会を「ポートアイランドの完成」と同時に行ったのだ。こうすることにより、博覧会の開催で人を呼び込むことができるだけでなく、博覧会を口実にしたインフラ整備、さらには博覧会終了後の土地開発までできる。まさに一石・・・といった具合に、大きな効果を生み出してしまうのだ。

神戸市の読みは当たった。会期中に1,610万人もの来場者を記録し、さらには60億円という膨大な利益を神戸市に生み出してくれたのだ。そしてそれだけでなく、ポートアイランドという場所がクローズアップされたことで、企業や大学などが次々にポートアイランドに進出、そして彼らからの税金が神戸市にもたらされることになった。

まさに、神戸市は自治体の成功例、日本の市町村の中心にいたのだ。

神戸市の現状

これまで書いてきたように、神戸市はかつて栄華を極めていた。

かつてはね。

では、現在の神戸市は一体どうなのかというと、その状況は決して良いとはいえない。以下の2つのグラフを見てほしい。この2つのグラフはそれぞれ、神戸市の人口推移、および神戸市と市町村人口ランキング7位までの推移を示したものだ。

神戸市の人口推移

出典:神戸市ホームページ

ご覧いただければすぐにわかるだろう。

神戸市は、人が減り続けている。

いや、減り続けているというと間違いだ。

2019年7月に総務省が発表した人口動態調査によると、「神戸市に住む日本人は前年比6,235人減少」となっており、その数はワースト1となっている。

日本人が、日本で一番減っている。

それが今の神戸市の姿だ。

神戸市の問題はなにも人口減少に限らない。人だけでなく、産業も衰退してきているのだ。

まずはオフィス。冒頭でも書いたように、近年、数多くの企業が神戸市を離れ始めている。冒頭でも述べたP&G(日本本社の機能は残っているが、規模は大幅縮小)やトリドール(東京に移転)など、多くの企業は神戸を離れているのが現状だ。

続いて工場。神戸市は重工業に秀でていることで有名で(「神戸製鋼」の名前からもお分かりだろう)、川崎重工業や三菱重工業、神戸製鋼所など多くの大規模工場があった。それに加え、「京の着倒れ、大阪の食い倒れ、神戸の履き倒れ」という言葉があるように、小規模な靴工場が多く連なっていた。

しかし、大規模工場はその多くが海外に移転。「産業の空洞化」の影響をモロにくらったことにより、神戸は自身が得意とする重工業の多くを奪われてしまった。それに加え、阪神淡路大震災により靴工場が被災。多くの小企業が廃業へと追い込まれたことにより、神戸市の産業が壊滅。一気に衰退へと追い込まれてしまった。

出典:神戸市ホームページ

神戸市の何がダメだったのか

神戸

さて、ここまで神戸市の現状について書いてきた。

では、いったい神戸市の何がいけなかったのだろうか。結論からいうと、神戸市にはほとんど責任はない、と言って差し支えない。

こんなことを言うと、反対意見が出ると思う。何言ってんだ、新長田を見てみろ、あんなの復興でもなんでもねえよこのやろう、と考えるかもしれない。

しかし、それはあくまで全体の一部分にすぎない。確かにその要素もあるかもしれないが、本当に考えなければいけないのはそこではない。

我々が本当に考えなければいけないのは、関西全体の状況なのだ。

1990年代前半、俗にいう「バブル」が日本を席巻していた頃、例に漏れず関西の景気も非常に良くなった。

しかし、ここである問題が発生してしまったのだ。

土地が足りないのだ。

東京と違い、関西地区は中心部のすぐ周辺まで山が迫っており、使える土地が狭い。それに加え、伊丹空港がある関係で、高層ビルの建築には制限がかかっている(現在でも、梅田周辺には200mを超えるビルを建てられない)。

では、どうすれば良いのか。そう。他の街に進出すれば良いのだ。そこで選ばれたのが、今回取り上げた神戸市だったのだ。京都市と違い歴史的建造物の影響を考えなくて済むし、何より、都会であるにも関わらず大阪までわずか20分ほどという近さが魅力的だ。神戸市は、大阪市のサブ的位置づけになっていたのだ。

しかし、バブル崩壊でそれに陰りが見え始める。大阪経済圏は縮小へと転じ、大阪市内であっても土地が余るようになり始める。すると、いままで神戸市にあったオフィスが大阪へと移り始めるようになる。

そしてこれにより、神戸市は大阪市に資源を取られてしまった。そして、この傾向は2021年の今でも変わらない。バブルの時代まで日本経済が回復していないからだ。この先の神戸市は、どうなってしまうのだろうか。

まとめ 未来はまだまだある。

さて、ここまで「神戸市の栄光と衰退」に関して述べてきた。「株式会社神戸市」ともてはやされた高度経済成長期、そしてその後の衰退と現状。神戸市は、このまま衰退していくしかないのだろうか。

いや、それは違う。

なぜそういえるのか。それは、これから先、神戸市で様々な再開発が行われる予定となっているからだ。

まずは来る2021年4月、阪急神戸三宮駅東口「神戸三宮阪急ビル」が開業する。2026年度には雲井通5丁目、今の「ダイエー」や「サンパル」があるエリアに高層ビルが建つ予定だ。そして、まだ時期は未定だがJR三ノ宮駅の駅ビルも建て替えが決まっており、目下工事中となっている。

(雲井通5丁目再開発事業)

この再開発が三宮を変える一大転機となるのか、それとも神戸市の一極集中を進ませる原因となってしまうのか、これからの神戸市の実力が問われるだろう。神戸市の行政には、ぜひその手腕を存分に発揮していただきたい。

神戸市がこれからどう変わっていくのか。その未来が楽しみでもあり、不安でもある。


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