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大正区「三泉商店街」に残る激渋店舗の数々とシャッターだらけのその末路・・・

大阪ベイエリアの一角を占める大正区には多くの人々が沖縄出身者とその子孫によって構成されており、そんなこともあってか沖縄色の強い商店や飲食店が軒を連ねているエリアもあることで知られているが、そんなうちなー色の強いエリアは区の南側が中心となっており、区内でもJR大正駅に近い北側のエリアでは大阪らしいなかなかキツめの光景が広がっている。

三泉商店街

さて、今回やってきたのはJR大正駅から少し西に行ったところにある「三泉商店街(さんせんしょうてんがい)」である。大正区にある「三軒家西」と「泉尾」地区とを結ぶ商店街なので、双方から1つずつ名前を取って「三泉」と名売っているそうだ。なお商店街の公式サイトによると「JR環状線・地下鉄長堀鶴見緑地線大正駅の南西に徒歩5分のところに位置し」などと書いてあるが、すいません、徒歩5分じゃ着かないっす・・・。

超ローカル向け商店街・三泉商店街

三泉商店街

三泉商店街は、大阪市大正区三軒家西地区と泉尾地区にまたがる、大阪市内でも有数の歴史を誇る商店街だ。その歴史は大正区の中でも最も長く、明治44年(1911年)に魚介・青物専門の問屋市場として作られた「三泉共同市場」がその前身になるのだそうだ。1911年と言えばもう100年以上前か。いや・、びっくりですわ。

ちなみにこちらのアーケードは昭和32年(1957年)に設置されたものであり、そして今も現役なのだそう。確かに少々古臭い印象を感じてしまうが、1957年製でこれならむしろよく管理されているほうか。こちらもウン十年ものなんですね。

三泉商店街

早速中に入っていこう。隣接する泉尾商店街に比べると幾分アーケード内が狭いが、まあ全国的に見るとこれくらいが標準、といったところだろう。大阪では狭い方になってしまいますが。もともと問屋市場上がりだったということもあってか、地域の買い物の拠点というよりはどちらかというと飲食店系統の店が多い印象だ。というより、飲食店以外のお店がかなり少ないように感じてしまいますが・・・

<泉尾商店街>

大正区最大の商店街「泉尾商店街」の微妙すぎるその状況をどうぞご覧ください
大阪市大正区の交通事情の悪さについては先日の鶴町訪問レポートでも散々書かせて頂いたが、何も区の外から区内に行くのが難しいのみならず、区内における移動そのものもバス路線のその複雑さか...

三泉商店街

しかしこちらの商店街、渋い!!渋すぎるぞ!!お世辞にもたくさんの人が通りかう活発な商店街とは言えず、シャッター状態となっているお店が多くあるのは事実なのだが、チェーン店に侵されていないのか、閉まったお店がそのまま放置されており、実にノスタルジックな光景を生み出している。「花鉢 878」なんて、「878=はなや」ってことですよね。いかにも大阪らしく、昭和らしいしゃれた店名である。

三泉商店街

三泉商店街

しかしものすごい光景だなおいおい。なんだかまるで高度経済成長期にでもタイムスリップしたかのような光景がそこには広がっていた。お金出しまくって昭和風にリニューアルした西武園さんに行くのも良いですけど、この三泉商店街でもはっきり言って十分すぎるほどお腹いっぱい食べられまっせ。残念ながらお店は流行っていませんが。

三泉商店街

もちろん商店街側としても無策でいる訳ではなく、スタンプカード制度を導入して需要の喚起に努めているほか、毎月第一日曜日には「肩こたサンデー」と称した専門家によるマッサージサービスや「一店逸品運動」なんて施策も行っているらしい。しかしやはり知名度が低いのか、商店街内の光景を見ているとそれで大丈夫なのか?という疑問も感じてしまう。

なお余談だが、このポスターに描かれているネコ風のキャラクターだが、こちらは商店街公式のマスコットキャラクターとなっており、左側には「サンクン」、右側には「センチャン」という名前がついているとのこと。胴体が見当たらないんですがどうなっているんでしょうかね・・・(苦笑)

三泉商店街

三泉商店街

しかしそれにしても、ここまで昭和感の残る商店街というのも非常に珍しい。大阪市内、いや京阪神地区全体を見てもここまでの昭和感を醸し出す商店街というのはそうそうないかと思う。全長340mを誇るこの三泉商店街のアーケードだが、スゴいと感じざるを得ない。「生きる博物館」という言葉があるが、この三泉商店街はさながら「生きる博物館」なのかもしれない。

三泉商店街

さて、信号を渡ってその先へと向かおう。こも先のエリアは「三軒北商店街」という別の商店街になるそうだが、特にその名前も書いておらず、違いもよくわからない。ちなみにこの道路は大正区と浪速区を結ぶ「大浪通(おおなみどおり)」という道路で、南海難波駅へとつながっている。あのパチンコ屋の並ぶ千日前をずっと西に進むとこの三泉か・・・ すごいというか、びっくりというか、何と言って良いか分からない。

三泉商店街

信号を渡った先はこのような状況。JR大正駅に近い側にあたるということもあり、比較的営業する店舗も多いが、こちら側もやはりチェーン店は皆無で、昭和~平成初期と思われる店舗がズラズラと軒を連ねている。本当にここは令和の世の中、令和の大阪なのだろうか・・・。

三泉商店街

しかしJR大正駅に近い側においても、残念ながらシャッターの並ぶ寂しさの残る風景が広がっていた。近いとはいえ駅からそれなりに歩かなきゃいけないし、駅前にはいくらでもチェーン店があるし、ここまで人が回ってこないのだろう。元々大正駅自体完成したのが1961年だしね。大阪の中心が御堂筋線沿線にあり、環状線沿いではないことがこんなところでも証明されてしまった。

三泉商店街

アーケードの途中からはその景色がガランと変わり、そこにはなんと天井の空いたアーケード商店街もどきが広がっていた。アーケードの真ん中がキレイに空いてしまっており、空がこんにちはしてしまっている。これではなんのためのアーケードなのか分からない。本当は修理するべきなのだろうが、お店も少なくなってしまっている今ではそのお金を負担するのも、誰がいくら負担するのかというのも難しい状況なのだろう。取材班的にはこういう状況が逆にそそるのでありがたいっちゃありがたいんですが(失礼)。

三泉商店街

アーケードの終点までやってきた。三泉商店街の三の字も見つからないんですが、それだけ老朽化がはふぇしいということなのでしょうか。初見じゃここが「三泉商店街」だなんて想像がつかないだろうな。まさかこんなことになっているなんてみんな知らないだろうし。

三泉商店街 わんぱくこぞう

そんな三泉商店街には、かの有名な「ファミコンショップ わんぱくこぞう」の跡地が残っていた。Wikipediaによると、「わんぱくこぞう」名義のフランチャイズ店は2000年秋以前に使われていたものであるそうだ。まあ「ファミコンショップ」なんて書いてあるあたり、おそらく相当前のものになるのだろう。ファミコンですってよ、ファミコン。PS5にスイッチなんてもちろんないし、DSすら想像できない時代。そんな時代のゲームショップの看板が、なぜ未だに残っているのだろう。ちなみに、この手のお店を運営する会社は現在倒産しており、今は大手ビデオレンタル店「ゲオ」の傘下に入っているとのこと。おそらく夜逃げでもしたんでしょうね・・・。


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