近畿兵庫県加古川市

サンライズ加古川 本にも取り上げられた「大失敗」再開発、その今。

全国各地に氾濫する「再開発事業」。高度経済成長とともに日本が発展する中で多く発生し、今もことあるごとに起きるこの事業だが、どういうわけかこの再開発には失敗したものが多く、その悲惨な内容は当サイトでも枚挙に暇がないほど取り上げられている。ちなみに当サイトの再開発記事はコチラに全てまとめてあるので、よろしければどうぞご覧ください。

サンライズ加古川

さて、今回は兵庫県は播磨地方、加古川にやってきた。神戸製鋼に代表される重化学工業や靴下生産日本一に代表される繊維工業の二足のわらじを履いているこの街だが、やはり新快速の影響は大きいのか、神戸市や明石市に通勤するためのベッドタウン化している現状も見られている(ちなみに姫路市への通勤は明石市よりも少ないのだとか。これは意外)。

サンライズ加古川

そんな加古川駅前の再開発といえば、真っ先に思い浮かべるのは「ヤマトヤシキ加古川店」だろう。もともとそごうとして開店したこのお店は、そごうの経営破綻とともに閉店、現在では地場百貨店「ヤマトヤシキ」が入居し、今に至っている。

しかし、実はそれ以外にもう1件、ある事情を抱えた再開発ビルが存在し、今もひっそりとその余生を送っているのだという。今回は、そんなある特殊な事情を抱えた再開発ビル「サンライズ加古川」について、その歴史と現況について見ていくとしよう。

典型的な「大失敗再開発」 サンライズ加古川

サンライズ加古川

サンライズ加古川は、兵庫県加古川市・JR加古川駅前にある再開発ビルだ。1982(昭和57)年、国鉄加古川駅前再開発計画の一環として、敷地面積1,800㎡、延床面積7,684㎡という規模で開業した。

サンライズ加古川

開業から現在に至るまで一貫してこの建物1棟のみで運営の行われているサンライズ加古川だが、当初は今よりももっと巨大な計画がなされていたという。著書「再開発はこれでよいか」によると、当初の計画では「東」「南1」「南2」の3つの建物が建設される予定で、その合計延床面積はなんと現状の約5.5倍、40,383㎡という規模のものが作られる予定だったのだという。

サンライズ加古川

しかし、この当初計画はあまりに巨大すぎるということで各所から反対が相次ぎ、協議の結果「事業実施のしやすい地区から着手する」ということで決定、現在のサンライズ加古川にあたる「サンライズ加古川 東地区」が作られた。

ヤマトヤシキ加古川

では残りの南地区はどうなったのかというと、現在は「ヤマトヤシキ加古川店(開店当初は加古川そごう)」として運営がされている。「サンライズ加古川」という名前がつかず、全く別の形で運営が行われているのだ。

サンライズ加古川

なぜこんなことになったのか。そこには、サンライズ加古川を巡る様々な問題が影響している。

開業当初、このサンライズ加古川は第3セクター方式を導入し、「加古川市都市開発株式会社」が運営を行う形で展開された。ところが、高度経済成長の影響で建設費が高騰。そしてその高騰した費用を回収するために家賃を高額に設定してしまったため、空きテナントを多く抱えることになってしまい、採算の取れない状態に陥ってしまったのだ。

加古川市都市開発株式会社は、どうにかしてこの費用を回収しようと、消費者金融会社を多く入居させるという施策を取った。これにより経営は安定したが、今度は市議会で「再開発ビルにサラ金を大量に入居させるのはいかがなものか」と、議会が紛糾。そしてそのくせ費用負担をした借入側の銀行からは「採算が取れるのはサラ金だけ」などと言われる始末。このように様々な問題が絡み合ってしまった結果、サンライズ加古川の南地区をつくるという話は挫折、その代わりとしてできたのが今のヤマトヤシキにあたるという訳だ。末恐ろしい話である。

雑居ビルと化した館内

サンライズ加古川

サンライズ加古川のいろいろと闇の深い歴史をお伝えしたところで、さっそく中へと入っていこう。サンライズ加古川は駅の目の前につながるペデストリアンデッキに直結しており、アクセスに関しては申し分ない。ただ、駐車場に関しては近隣のコインパーキングを使う必要があるため要注意だ。

サンライズ加古川

館内に入ると、さっそくご立派な照明に支えられた入口がお出迎え。もともとオフィスビルとして使う予定だったため、このような玄関を用意しているそうだ。しかしいざ開業してみるとその中にはサラ金、サラ金、サラ金・・・いったい何のため、誰のための再開発ビルなのか、よくわかりません。

サンライズ加古川

サンライズ加古川のフロアガイドはこのような状況。飲食店から病院、オフィス、さらには公共施設に至るまで、実に多種多様な施設が名を連ねている。もはや完全に雑居ビルと化した、そんな様相だ。そしてその中には、ヤマトヤシキ加古川店の入居する再開発ビル「カピル」の運営母体、「カピル管理組合・カピル21専門店会」の文字が・・・ このビルの失敗を活かして作られた再開発ビルの運営が失敗側のビルに入居するとは、何とも皮肉な話である。

サンライズ加古川

サンライズ加古川

サンライズ加古川の内部は上のような状態。雑居ビルとはいえ、いかがわしいテナントが入っている訳ではないため中は整然としている。かつてサラ金が軒を連ねていたという上層階にも行ってみたが、この景色は特に変わらなかった。さすがに1980年代と今じゃ全然違う景色が広がるのも当然っちゃ当然か。

サンライズ加古川

そんなサンライズ加古川の内部には、至るところに「WELCOME TO KAKOGAWA」「SCENE OF KAKOGAWA」と題し、加古川市内の様々な景色が額縁に収められている。なんだろう、こういうところになぜか哀愁を感じてしまうんだよなぁ。どこの写真なのか全く分からないのに・・・。

お店8割撤退の地下飲食街・・・

サンライズ加古川 飲食店街

雑居ビル的な印象の強いサンライズ加古川だが、その地下には「うま~いもん広場」と称した飲食店街が広がっており、非常に渋いお店の並びが広がっている。

サンライズ加古川 飲食店街

サンライズ加古川 飲食店街

しかしその飲食店街、今では非常に残念な状態となってしまっている。店主の高齢化や客の減少により、次々とお店が撤退、そしてそれに追い打ちをかけるようにこのコロナ禍。おかげさまでこのような辛い状況に陥ってしまっている。

サンライズ加古川 飲食店街

サンライズ加古川 飲食店街

黒を基調とした雰囲気、そして明らかにボロボロとなってしまったシャッター。完全に場末の雰囲気を醸し出してしまっている。相当マズい状態なんだろうなぁ。

サンライズ加古川 飲食店街

サンライズ加古川 飲食店街

そして飲食店街の一部の店舗(というより、大半の店舗)では、もぬけの殻となった店舗がそのまま放置され、静寂な雰囲気を加速させていた。誰もいない静かな飲食店街、ここまで悲しい状況にあるとは・・・さすがに予想できなかった。

サンライズ加古川 飲食店街

安定成長期の負の遺産、そこは全く別の形でその姿を輝かせていた。老朽化問題が迫る中、このサンライズ加古川はどう変わっていくのか。今後の展望を見守りたい。

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